しんのすけ心理ブログ    心理×旅×人生

2浪して偏差値42、26歳で鬱病ニートになったダメ人間が、心理学で人生を変えられるが実験してみた。

東大エリートがハマりやすい人生の罠。〜過労死する前に読んでおきたい本〜

どうも、しんのすけです。

 

「〜したい。」

「〜だったらなあ。」

「もし〜だったら。」

 

この言葉の脳に強烈なネガティブな呪文になる。

 

「〜したい」▶︎「〜したい(けどできない)」

っていう『自分の人生は選べない』っていう暗示。

 

「〜だったらなあ。」▶︎「〜だったらなあ。(有り得ないけど)」

っていう『自分は行動しない』という暗示。

 

「もし〜だったら。(そんなの夢の話。)」

っていう『人生は変わらない』という暗示。

 

 

つまり、環境や人生に不平や文句を言うことは『自分の人生はコントロールできない』という自己洗脳をしているようなもの!!笑

 

 

僕がこれに気付いたのは

就職して、実家を離れたあとの話。

 

就職して長時間の残業に悩まされていたとき

僕は心の中でめちゃくちゃに文句を言っていた。

「(時給に換算すると400円ぐらいじゃん!)」

「(なんでこんな書類を作る必要があるんだよ!)」

「(誰も守らないのに、このマニュアル作る意味があるの!?)」

などなど

 

そして同僚と飲みに行ったときはいつも

「あ〜やめたい。」

「もし〜だったらなあ。」

「〜さえあればなあ。」

とグチグチ言っていました。

 

 

そんな日々を過ごしていたとき

年末に実家に帰り、地元の友達を

飲みに行って、同じように仕事の愚痴を言っていたら

「やめたきゃやめればいいじゃんw子供じゃあるまいしw」

と言われました。

 

僕「いやいや、そんなに簡単に言うけどなあお前…。

せっかく学校の先生に推薦してもらったし、転職先も決まってないし。」

 

友人「じゃあ続けるか、転職先さがせば?」

 

僕「…転職先なあ。」

 

友人「そもそもその仕事が嫌いって分かったのに、また同じ業種に転職するの?」

 

僕「…。そうだよなあ。」

 

友人「もう俺ら学生じゃないんだぞ?自分の人生くらい自分で決めて良いんだぞ?

 

僕「…まあな。」

 

こんな会話をして

また仕事のために地元を離れました。

 

仕事に戻っても

友達の『自分の人生くらい自分で決めて良いんだぞ』

という言葉が頭の中でリピートされていた。

 

 

そこで僕は

なんで自分のしたいことをしてないんだろう??

と周りの環境ではなく、自分自身に疑問を持つようになったんですね。

 

・健康診断もオールA。

・法律で「しんのすけはやりたいことをやってはいけない!」と

決まってるわけじゃない。(犯罪とかは別としてw)

・五体満足

・成人済み

 

考えれば考えるほど

「あれ…なんでやりたくないことをやってるんだろう…」

と「何故?」は増えていくばかり。

で、紙に書き出してみると

 

  • 親に心配をかける
  • 専門学校行ったし
  • 将来が心配

 

結局気にしていたのは他人の目。

 

そんな時に読んだ本。

アドラー心理学『嫌われる勇気』

こんなことが書かれていました。

 

 

"人の目を気にする"と言うのは、他者の欲求を満たす生き方。つまり「認めて欲しい」という承認欲求で生きる不自由な生き方。

 

"誰からも嫌われたくない"と言って、自分に嘘をつき、周囲にも嘘をつき続ける生き方こそ自己中心的な生き方。

 

自分が選んだ道に、他者がどう思うかは自分にはコントロールできない。

たとえ親を悲しませようとも関係ない。

私たちは親の期待に答えるために生きているわけではない。

 

自分が自分のために自分の人生を生きていないのであれば

いったい誰が自分のために生きてくれるのであろうか?

 

つまり

他人がどう思うかはコントロールできない。

自分が選んだ人生に文句を言ってくる人がいたとしても関係ない!

「嫌われる勇気」を持って自分の人生を歩こう!

と言うことです。

 

 

日本の教育は

常に縛り付けて、団体行動を強いるので

"自分で選んで良い"ということを忘れさせてしまうんですね。

 

 

こわいこわい。

 

 

これに気づいたとき、

「〜したい。」

「もし〜だったらなあ。」

「〜しよう!」

「こうすれば出来る!」

に変わっていきます。

 

 

 

では今日はこれで。

 

 

 

しんのすけ

 

 

メルマガ→しんのすけのメルマガ

 

 

広告を非表示にする